Ogavegeブログ
Ogavege創業まで③
そんなこんなで私は実家に戻ることになるのですが、
でもそれは急に決まったことではなく戻る何年も前から決まっていたことだったのでその時期が来ただけでした。
しかしそれでも私は農家ではなくトレーナーとして当時の会社で仕事をして過ごすと思っていたのです。
当時は神奈川で仕事をしていましたので勤務地から通えるところに住んで週末に自宅へ帰るという単身赴任的な生活を想像していました。
ただそれは漠然と考えていただけで細かなところまでの配慮をしているわけではありませんでした。
この甘い考えこそが間違い(今は思っていませんが少し前までそう思っていました)の始まりだったのです。
移住の時期が近づいて本格的にどういう生活をしないといけないかを具体的に決めなければいけなくなると、
どうも私が描いていたものは現実的ではないということがわかり始めたのです。
移住の時期は決まっていて実家もそれに向けてリフォームなどが進んています。
しかし肝心の私の生活スタイルはどうにも当時の職場で仕事をし続けることが難しいとなりました。
何とかして道はないかを相当試行錯誤しました。
もちろん何かを犠牲にすれば絶対に不可能だったかと言われればそうではありませんが、
限られた選択肢の中では非現実的だったということですね。
つまり私は実家へと移住をした先である千葉県茂原市周辺から通える仕事を選ばなくてはならなくなったのです。
この頃はどうしよう?という考えで頭が一杯で何が何だかわからなくなっていました。
だってこの会社を辞めることになるなんて1ミリも想像していなかったのですから。
これが移住前の4~5ヶ月での出来事でした。
Ogavege創業まで②
前話でも触れましたが私はスポーツトレーナーとしてフィットネスクラブで仕事をしていました。
小学生から野球を始めたものの14歳の時に腰椎椎間板ヘルニアを発症、思うように身体が動かず寝たきりで過ごす時期もありました。
高校進学後も野球を続けたものの腰痛から途中で断念、ただ何かしらスポーツに携わる仕事がしたいと思いトレーナーを目指しました。
トレーナーの専門学校を卒業後、就職をして東京、京都、神戸、神奈川と同じ会社の異なる勤務地で仕事をしてきました。
当時は一生トレーナーとして仕事をしていくつもりでしたので猛勉強をし、経験も積みました。
なので今でも多少忘れつつもある程度の知識はありますね(笑)
さて、そんなトレーナー時代から何故農家に転換をしたのか?
それが「江戸時代からの代々農家」が関係してくるわけなのです。
今全国各地で跡継ぎ問題が深刻化しているのはご存じの通りでいわゆる空き家問題とも呼べるものです。
田舎から都市部へと就職をしてそこで家庭を築きそのまま定住をする、田舎の実家はというと両親が他界をしてしまうと空き家として残ってしまうという問題ですね。
地元で就職をして残っていれば良いですが肌感覚としてそうしたケースは一定数あるものの少数派であると言えるでしょうね。
ただ家庭を築いたとしても両親と同居は極々稀であるとは思います。
私の家の場合はこの地に代々住んでいるのだからそれを継続しなければならない(してほしい、だったかもしれませんが)というのが父の意向でした。
ちなみに父は郷土の歴史研究の最前線で今でも仕事をしている(はっきりと何をしているのかは知りません)ので歴史観はしっかりしています。
なので家の後を継がせるということも明確に決めていたのでしょうね。
まあこれが徳川家〇代などと名誉ある家系であれば喜んで!となったかもしれませんが、小規模農家の家系ですからね・・・。
本音を言えば田舎であるこの地は私の好むところではなかったのは事実です。
と、こうした経緯があって私は2022年4月に実家へと移住?元の鞘に戻る?形となったのです。
ちなみに両親とは半同居生活。
周囲の皆さんは口を揃えて「奥さん偉いね~」と言ってくれます(笑)
Ogavege創業まで①
Ogawa vege farmは2024年7月に本格始動をした個人事業の農家です。
代表である私は1984年生まれの41歳です。
現在は2025年12月ですので本格始動したのは1年5ヶ月前ですのでとにかく始まって間もない農家なのです。
40歳の時に始動させたということはその前には何かエピソードがあるはずなのでまずはそれに触れていきたいと思います。
また本格始動というのも意味深な表現ですのでそれも併せて書いていきますね。
色々な経緯があっての創業ですのでそれもお楽しみに。
まず私の前職はスポーツトレーナーです。
トレーナーの専門学校を卒業し、フィットネスクラブにてトレーナーとしての仕事をしていて職歴は19年でした。
高校時代からトレーナーになりたいと思っていてそれを実現させたので良い言い方をすれば夢を実現させ、
特にトレーナー時代の後半は本当に充実をしていました。
そんな充実したトレーナー職になぜピリオドを打ったのか?
HPにも記載をしているのですが私の家は農家としての歴史があって江戸時代中期から続いています。
家はその時代から現在地に存在し、代々農家を続けてきたのです。
自宅のある茂原市本納地区は昔から長ネギの産地であり、祖父も長ネギを生産していて私が子どもの頃は畑を駆け回って遊んでいました。
現代では農家って儲からないイメージがありませんか?
または大変なイメージがありませんか?
仕事ってどれも大変なので農家の仕事だけが大変なんてことはありませんが、
そのイメージがあるからこそ第一次産業に従事している人は減少し続けているのでそれが答えといえるでしょう。
イメージ通りなのです。
だからこそ祖父は私の父には農業を継がせませんでした。
その選択は大いに正解だと言えるでしょうね。
農家としての限界を祖父は感じていたのです。
むしろ継がせていたらどうなっていたのか、私は想像するだけでゾッとします。
なので父は農家ではありません。
祖父の代で農家としての小川家は終わりを告げたのです。
だから代々農家って言葉は正確ではないかもしれませんね。
そして当たり前ですが私も農家ではありませんでした。
ブログ開始に際して
こんばんは。
Ogawa vege farm代表の小川雄功(おがわたけのり)と申します。
今日からブログを始めていきます。
毎日更新をする意気込みで開始をしますが日が空いてしまうことがあるかもしれません。
その点はご了承下さい。
内容は特に決めてはいませんが日常や今感じていることを記していくことで、
Ogawa vege farmが何を目指しているのか、何をしているのかなど知っていただきたいと思っています。
当分は私が農業を始めたきっかけなどを自由に書いていきます。
我々が皆様と近しい存在になることが出来れば嬉しい限りです。
よろしかったらご一緒しませんか?

